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計算機歴

これまでに主に「自分用」として使ってきた計算機。大学卒業までは自費で研究・趣味用途。卒業後は仕事用で使っているものです。


大学入学前

1992年 PC9801FA2 (NEC, Intel i486SX 16MHz)
高校入学のときに頼み込んで買ってもらった最初のPC。主にMS-DOS / TurboC++でプログラムを組んで遊んでいた。ASCIIの日本語TeXを使うようになってから、UNIXの存在を知ることになる。ハードディスクが割と普通に使えるようになり、FreeBSDがPC98シリーズに移植され、X11まで動くようになる。大学に入学した1995年ごろにはいわゆるPC/AT互換機が流通しはじめ、PCはずいぶん安くなっていたが、しぶとく使い続けた。最終的にはダイアルアップルータの専用機になり、学部4年生のころまで使っていた功労者。実家にまだ現存している。
1994年 ThinkPad 220 (IBM, Intel i386SL 20MHz)
小型のノートがほしかったわけではないが、互換機のノートPCが欲しくて中古屋で安かったので購入。モノクロ液晶でバックライトがない。単3電池6本で、数時間は動いてくれた。当時はモバイルとは呼ばず、「モービル」コンピューティングというキャッチで売られていた気がする。学生時代の電車通学のお供に。これ以降もノートPCは何台も使ったが、ThinkPadはこれだけ。

大学入学後

1996年 Quadra 700 (Apple Computer, Motorora 68040 25MHz)
たまたま大須の中古屋で見つけて購入。ただ、中古といってもそんなに安くはなく15万ぐらいした。わざわざMacintoshを買って何をしていたかというと、LaTeXでレポートを書いたりtelnetで大学の計算機にログインしたりと、別にMacintoshじゃなくてもいいことしかしてなかった。当時ではすでに30pinのSIMが流通していなく、とくに大容量(16MB)なものがなかなか買えなかった。いろいろ調べるうちに海外のオンラインショップで安い16MBのモジュールを購入。ほかにも大須では手に入りにくい珍しいパーツが手に入りやすいことが分かり、海外通販をよく使うようになった。
1997年 SPARCstation10 (SUN microsystems, SuperSPARC 50MHz)
栄光のSS10。大須の第2ビルの前にあったジャンク屋でリースバック品を購入。当時の大須ではジャンク屋がまだいくつかあり、ジャンク屋めぐりが楽しかった。店頭では「パスワード不明だけどいい?」と言われたが勢いで購入。どうせ正規のSunOSは手に入らないしNetBSDで使うつもりだった。が、ブートしてみるとパスワードは空になっていたので、中に入っていたSunOS 4.1.3で思う存分遊べた。ただ、リース中のディスクの中身もそのまま残っていていたので、ちょっと扱いに困った。大学のClassic(富士通ロゴ)より速くてメモリもたくさん積めるうえに、純正のSunに感激した(ロゴが付いてるだけだけど)。自宅の部屋でしばらく使っていたが、電源ファンとSeagateのHDDの回転音がとにかく喧しかった。あと、付属の21インチディスプレイと本体で、相当な電気を食っていたと思う。SUNのメモリやビデオカードは大須ではあまり手に入らず、ここでも海外ショップやオークションにお世話になる。たぶんこのあたりからやや道を踏み外す。
1999年 SPARCstation20 (SUN microsystems, SuperSPARC2 75MHz)
SS10は大学の研究室でしばらく使っていたけど、さすがにCPUも古かったしHDDもNarrow SCSIだったりとさすがに枯れすぎていたのでSS20のリースバック品を購入。タイミングの良いことに、このころSolarisが無償提供(2.6や7のころはダウンロードできず、メディア代が必要だったけど)となる。最終的にCPUモジュールとメモリモジュールを満載し、フルカラー化。これも結構使った。24bitカラー(SX24)にできるVSIMMを手に入れるのに苦労した。
2000年 dynabook SS3330 (東芝, Intel Celeron 333MHz)
http://dynabook.com/pc/catalog/oldpc/ss/3330.htm
大学院に入ってから持ち歩ける(普通の)計算機が欲しくなり、久々に新品でPCを買う。
2001年 Blade100 (SUN microsystems, UltraSPARC-IIe 500MHz)
その頃の研究室では、SUNからPC(linux)にどんどん置き換えていた。が、そろそろUltraかな..という頃に格安のSunが発売に。ぷらっとホームから即購入。ついでにSUNPCiIIというPCIカードを載せた。これはディスクはSolaris上でエミュレートしていたが、オンボードビデオやLANなどのハードウエアが搭載されている。言ってみればソケット370のマザーボードがPCIバスから電源をもらって動くほとんどPCといった代物。CDEのデスクトップ上で(リアルな)Windows xpを動かしていた。笑えないことに本体のSUNよりもボード上のPentiumIIIのほうが速かった(標準ではCeleronが載っているが、CPU交換も可能)。当時はMicrosoftがSolaris用のIE(バージョン5ぐらい?)とか出してたような気もする。卒業まで心を込めて使った。
2002年 Libretto L5 (東芝, Transmeta Crusoe TM5800 800MHz)
http://dynabook.com/pc/catalog/libretto/020424l5/index_j.htm
歴代リブレットの中でも実用的な大きさで、アキュポイントが手放せなくなり、続けて東芝PCを購入。けっこう気に入っていたが薄型のVAIOを買った後お役御免に。dynabook ssと同じく、英語キーボードの部品だけ取り寄せて交換して使った。CMUに行ったときにこれを持参して行ったら現地の学生に、これ欲しいけどアメリカでは売ってないんだよなとか言われ、ちょっと嬉しかった。
2003年 VAIO 505 EXTREME (SONY PCG-X505/SP, Intel PentiumM 1GHz)
http://www.vaio.sony.co.jp/Products/PCG-X505/
バカ高いノートだったが、「これは!」と思い先行予約で購入。実際は先行する必要もなかった。リブレットL5もそうだけど、ノートPCのパームレスト部分が無くいきなりキーボード。つまりタッチパッドが存在せず、トラックポイントで操作するもので、これはこれで良い。電池の持ちがイマイチだったり、無線LANが付いていないなど中途半端なモデルだったが、思い出深いPCの一つ。 

大学卒業後

この頃になると英語キーボードを選択できるPCは、国内メーカーでは実質VAIOだけに。また、薄くて軽い、かつフラットな筐体を選ぼうとすると、必然的にVAIOになる状況。

2005年 Let's note CF-R4 (Panasonic, Intel PentiumM 753 1.2GHz)
http://panasonic.jp/pc/p-db/CF-R4GW5AXR.html
なんとなく選んで後悔した1台。吉野家のカウンターから落としたら筐体が陥没。でも全然平気で動いていたことは感心。TypeGもVAIO Xもよく落として筐体が凹んだりしているが、みな元気。
2007年 VAIO Type G (SONY, Intel Core Solo U1400 1.2GHz)
http://www.vaio.sony.co.jp/Products/G1/
目立って特徴的なところがないが、個人的にはかなり気に入っていた。3代目で終わってしまったのが残念。4:3最後のノートPC。
2009年 VAIO X (SONY, Intel Atom Z550 2.0GHz)
http://www.sony.jp/vaio/products/X11/
CPUが貧弱すぎなことを除けば、軽量で通信機能も満載で、私にとっては最高のノートPC。Atomの位置づけが変わってしまわなければ続けてほしかったシリーズ。昔から1kg前後のノートは珍しくないが、ここまで来るとまた別の世界。Type Gのころから、ノートPCはシン・クライアントに徹してデータを置かないようにしているので、このぐらいの非力さでも十分だった。WiMAXと3G(FOMA)の2つのモバイル回線が使え、両方契約していたので都市部ではWiMAX、未対応エリアや屋内では3Gという通信環境が手放せなくなる。
2012年 VAIO Z(SONY, Intel Core i7-3520M 2.9GHz)
http://www.sony.jp/vaio-biz/products/VZ11/store-w/index.html
VAIO Xも何度か落としたおかげで筐体が歪んできて、バッテリー端子が接触しなくなってきたのであきらめて買い替え。ミュンヘン滞在中に現地仕様のものを買おうとしたら、キーボードのレイアウトがドイツ仕様しか存在しないことが分かり愕然とした。VAIO Xに続きWiMAXとLTE対応モデル。バッテリーの提供が終わっており、使い続けるのが難しい状況に。出張中に突然電源が入らなくなってしまい、もはや修理する気も起きず引退へ。 
2016年 Elitebook 820 G3 (HP, Intel Core i7-6600U 2.8GHz)
VAIO株式会社を応援したい気もしたが、英語キーボードとアナログRGB端子と無線WANが使えるものを探した結果こうなった。重いのが難点。ただし北米仕様では選択できる無線WANとFullHD液晶が国内仕様では購入することができない(英語キーボードは変更可)。HP(北米)のサイトから買おうとしたが、届け先の問題で注文不可(サポートと交渉してみるものの、代行業者を挟んだとしても転送先が国外とわかるとNGとのこと)。仕方なく素直に国内モデルを買った後に無線WANモジュール(LT4120)とFullHDの液晶パネルをebayや謎の部品屋サイトから調達して交換した。無線WANは純正品だが液晶は$100ぐらいだったので互換品かもしれない。バッテリーも交換可能なのでしばらくは安心。

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キーボード: PFU Happy Hacking Keyboard (初代)

最初のモデルであるKB-01が発売されたのは1996年12月、中古のSS10を使い始めた1997年ごろに初期モデル、 ADB(Macintosh)に対応したKB-02と続けて購入し、学部のころからPCやSunのマシンを渡り歩き、10年以上も使っていることになる。買った当時はSunのワークステーションをよく使っていたので、Type 5のレイアウトによくマッチしていた。コンパクトで普段使うキーだけが配置されていたのも有難い。「高くてもこだわりのキーボード」の先駆けのような扱いを受けているが、実際にこれが使いやすいかどうかというよりも、ここまで長く使い続けられる耐久性を評価したい。僕自身、キーレイアウトは別にして、キータッチにさほどこだわりはない。薄型ノートの浅いストロークでも別に気にしないが、10年先でも同じものが使えるかどうかという安心感では別格の存在。

コントロールキーやメタキーは既にテカテカだが、もう十分すぎるぐらい働いたはずだが、全然壊れない。10年選手どころか20年まで使えるんじゃないかと。ちなみに2台のほか、いつ壊れてもいいように新品を別に確保してあります。キーボードを駆逐する入力インタフェースが実現せず、PS2かUSBが生き続ければ、死ぬまで使えるかもしれない。

HHKは現在も市販されているが、ずいぶん昔に静電スイッチに変わっているので、レイアウトは同じでもキーボードとしては別物になっている。発売当初に実際に買って試したけど、乗り換えはしなかった。ダメというより旧型を捨てるほどの印象がなかった。以前、PFUに復刻版を出してくれないかとメールを出したら、そんな気はないと丁寧にメールが返ってきた。

 

経歴

学歴

  • 1995年4月~1999年3月 名古屋工業大学工学部 知能情報システム学科
  • 1999年4月~2001年3月 名古屋工業大学大学院工学研究科 電気情報工学専攻 博士前期課程
  • 2001年4月~2004年3月 名古屋工業大学大学院工学研究科 電気情報工学専攻 博士後期課程

職歴

  • 2004年4月~2007年3月 東京大学大学院 情報理工学研究科 システム情報学専攻 第一研究室(嵯峨山茂樹教授) 特任助手
  • 2007年4月~2017年3月 名古屋工業大学大学院 工学研究科 情報工学専攻 助教
  • 2017年4月~  現在  名古屋工業大学大学院 工学研究科 情報工学専攻 准教授

インターン

  • 2002年4月~2002年6月 国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 音声言語研究所 第二研究室
  • 2003年7月~2003年7月 カーネギーメロン大学(アメリカ合衆国) 言語技術研究所 (Carnegie Mellon University, Language Technologies Institute)

海外派遣

  • 2012年6月~2012年12月 ミュンヘン工科大学(ドイツ) ヒューマンコミュニケーション研究所 客員研究員 ※名古屋工業大学 若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム(拡大ITP)による
  • 2014年7月~2014年8月 AGH科学技術大学(ポーランド) 客員研究員  ※日本学術振興会平成26年度特定国派遣事業による
  • 2016年7月~2017年3月 ミュンヘン工科大学(ドイツ) ヒューマンコミュニケーション研究所 日本学術振興会国際共同研究加速基金研究者 ※科学研究費補助金国際共同研究強化による